【書評】忘れられた巨人/カズオ・イシグロを国立大英米文学部出身が読んでみた

外国文学

こんにちは、Soi(@soieigo_27)です!

今回は、「忘れられた巨人/カズオ・イシグロ」について書評をしていきたいと思います。

忘れられた巨人は、2016年世界幻想文学大賞最優秀賞、2016年Mythopoeic Award for Adult Literature、2016年ローカス賞第6位にノミネートされています。

書評といっても感想に近いかもしれませんが、まだこの本を読んでいない方、既に読まれた方どちらにも楽しんで頂けるようにまとめました。まだ読まれていない方は、ネタバレ有の部分についてはお任せします(笑)

忘れられた巨人/カズオ・イシグロについて

イングランドと聞けば、後世の人はのどかな草地とその中をのんびりとうねっていく小道を連想するだろう。だが、この当時のイングランドにそれを探しても、見つけるのは苦労だったはずだ。あるのは、行っても行っても荒涼とした未墾の土地ばかり。岩だらけの丘を越え、荒れた野を行く道らしきものもないではないが、そのほとんどはローマ人がいたころの名残で、すでに崩壊が進み、雑草が生い茂り、途中で消滅していることも少なくなかった。川や沼地には冷たい霧が立ち込め、当時まだこの土地に残っていた鬼たちの隠れ住む場所になっていた。
(忘れられた巨人/カズオ・イシグロ著:土屋政雄訳:2017)

この物語の始まりは、このように始まります。忘れられた巨人は2015年3月に発行されたファンタジー小説です。

舞台は6,7世紀のブリテン島、主人公はアクセルとベアトリスというブリトン人老夫婦で、深い愛情で結ばれています。ここに住む住民はみな記憶を長く留めることができず、2人はある時に息子がいたことを思い出します。そして2人で息子を探しに行くのが物語の始まりです。

ベアトリスは体が悪く、その病気の治療ができる医者にかかるためにある村に寄り、そこでサクソン人である戦士ウィスタンと出会います。その村で、鬼に噛まれたと噂されるサクソン人の子供エドウィンが、村人により殺されるということを知り、この4人で旅に出ます。

途中4人は、アーサー王の甥であるガウェイン卿という老騎士に出会います。彼は雌竜を倒す役目があると言います。そこで、この地の人々は雌竜による吐息で記憶が薄れているということを知ります。が、ウィスタンも実は雌竜を倒す役目があるということで、ガウェイン卿と違えます。

途中4人は修道院に寄りますが、院僧が4人の命を狙っているということで抜け出しますが、その際気味悪い獣と戦います。その後、ガウェイン卿も含め5人で雌竜討伐に向かいます。

文学的考察①(ネタバレ有)

この物語の舞台となる6,7世紀のグレートブリテン島は、ブリトン人とアングロ・サクソン人の戦争真っただ中です。また、ガウェイン卿はアーサー王の甥ということで、アーサー王伝説も物語に入ることになります。

この物語に登場する5人は雌竜を討伐しに旅を共にしますが、この吐息が人々の記憶を薄めているためサクソン人もブリトン人も同じ村、隣同士で過ごしています。ベアトリスは息子の記憶を取り戻したいので雌竜退治に賛成ですが、一方アクセルは賛成するものの、自分たちの愛は雌竜のおかげでここまで深くなったのでは?と言います。

ガウェイン卿に関しては、実は雌竜を討伐するという指令ではなく、雌竜を守るための任務にあることが発覚。人々の記憶を戻したら、大きな戦争が起こるとしてウィスタンと剣を交えることになります。

ウィスタンは親族諸々をブリトン人に虐殺され、しかも同じサクソン人は戦争でブリトン人に大量の虐殺や強姦の被害を受け、憎しみを解き放つために雌竜を討伐します。しかし、生きているうちにブリトン人の温かさも感じ、心の底からの憎しみを忘れてしまったので、この復讐を同族のエドウィンに託すことにします。

ここで読み取れる著者の意図としては、歴史は完全に忘れてはいけないが、いつまでも憎しみを忘れないことも難しいということを感じました。

文学的考察②(ネタバレ有)

アクセルとベアトリスは旅の途中、雨宿りのために小屋に寄りますが、そこで老婆と船主に遭遇します。島から島に渡る際は船での移動が必要ですが、夫婦共に渡ることはできず、一人ずつ。しかも、2人の間に真の愛がなければ、永遠に会うことはできないということ。この老婆は、それゆえ夫と永遠に引き離れてしまったのですが、その時の船主がこの人だということでした。

アクセルとベアトリスは最終的に息子の墓があるという島を見つけましたが、島には船で渡る必要があります。アクセルは2人で渡りたいと頑なでしたが、島には「必ず」一人ずつ渡らなければいけません。

最後の何章かは、語り手がアクセルとベアトリスを冷静に客観視する船主になっており、この2人の愛は本物だと断言します。しかし、決まりは絶対なので、ベアトリスをまずは一人で島に送るという場面で物語は終了しました。

ここで感じたことは、どれだけ深い愛で結ばれようとも、どれだけお互いを愛し合っていても、最後は「1人」というのがこの世のルールだということです。おそらくアクセルはこの後一人で島に渡り、ベアトリスと再会できると考察しますが、物語はそこで終了するため、保証はされていません。この物語でそこが大事だとは思いませんが、最後は読者の想像に任せている感じが面白いと思いました。

感想まとめ

カズオ・イシグロの作品は、どことなく憂鬱で、暗く、ハッピーではない感じが、想像力を掻き立てて面白いです。この作品は、完全なるファンタジーかと思いきや、やはり著者の賢さが光っていて、歴史問題にも関連付けられる余地がある作品を思わせます。

そこまで深く読む必要はありませんが、物語として普通に面白いので、是非一読してみてくださいね^^

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